新着情報

アスリート,デジタル,ICT,パフォーマンス…脳情報工学者に聞くトレンド①

ブレインテック、脳科学がビジネストレンドワードになっていることを反映して、
BASラボには「脳」をテーマにした受託研究のご相談もあります。
今回は、ご要望の多かった「わかりやすく脳研究について解説して欲しい」というお声にお応えして、
BASラボ脳研究を主導する脳情報工学者・夏目季代久教授(九州工業大学大学院生命体工学研究科)に
インタビューしました。

質問/脳についてどんな研究が可能なのか、また脳についてわかりやすく教えてください。

夏目/そうですね、「脳科学」という言葉を聞かない日はないほどよく使われているワードですが、
とても幅広いものを指しているので、実際よくわからないという方も多いのだろうと思います。

またとても関心の高いテーマですが情報も氾濫していて、一部誤解もあるかもしれません。
いくつか事例を挙げながらわかりやすくお伝えできればと思います。

私は「脳情報工学」¹を専門としています。脳を理学的に解明することに専念する部門と違って、
「工学」ですので脳の情報処理をどのように実際の生活や状況に応用していくかという視点が加わります。

1)脳情報工学は、以前九州工業大学の教授だった山川烈氏によって初めて提唱された研究領域です。脳・記憶・思考の仕組みを調べ、その仕組みを元に私たちの生活に役立てる研究です。脳の工学的応用を目的としています。

【脳の変化をみる】

現在、ニューロトラッカーⅩ(NTX)によってサッカーアスリートにどのような変化(効果)があるのか斉藤嘉子研究員を中心に研究を進めています²。カナダのコグニセンス社が提供している認知機能や集中力などをトレーニングするソフトウエアです。NTXは、多くのボールが動いているのですが、動くボールの中で、最初に決めた標的とする複数のボールがどれにあたるか常に記憶するものです。この研究にも脳情報工学の視点があります。

2)ヨーロッパスポーツ科学学会で発表
「プロサッカー選手における3D複数オブジェクト追跡トレーニングが前頭部脳波に及ぼす影響」

この事例で説明すると、NTXのようなトレーニングをおこなった結果、スコアが向上したり(しなかったり)競技成績が向上したり(しなかったり)なんらかの行動や結果が出ると思います。特にスコアが向上した場合、脳は変化した、と言えます。変化の順序としては脳が変化して、スコアが向上する、と考えられます。

人間や競技は極めて複合的です。単純にトレーニングを受けた⇒良い成績が得られた、という単純な結果が常に出るとは限りません。いやいやトレーニングをしたり、集中していなかったりすると、良い結果はなかなか得られません。

そこで脳情報工学の視点で、この結果が出る前に脳の変化を見てみようという視点を取り入れています。その脳の変化を脳波として測定出来るかどうか検討しています。斉藤さんが得た結果から、その可能性があるのでは、と考えています。

※インタビューをもとに事務局にて作成

トレーニングを行って、その結果を見るという研究はスポーツ領域では磯貝教授(BASラボ代表理事)の専門の一つです。
ここに従来スポーツ科学ではブラックボックスでもあった脳そのものの観察を加えたことになります。
異分野領域の研究者が集まるBASラボならではの研究ではないかと感じています。

【脳波測定の現場】

質問/BASラボ研究では脳波測定がよく用いられていますが脳波について教えてください。

夏目/脳は多くの神経から出来ていて電気を発します。その神経が発生した電気が脳波です。いろいろ考えたり、記憶したり、怒ったり悲しんだり、で脳波が異なるのではないか、と考えられています。
脳波は、脳の活動を測定する方法の中でも、安価で簡便なので脳と機械とを接続する手段(ブレインマシンインターフェイス)としても最も優れていると考えられます³。

3)脳波の解説はメンバー紹介夏目季代久教授ページ参照 https://www.baslab.or.jp/researcher/natsume/

現在、我々の研究では主に intercross-415 ⁴ を用いて測定しています。

以前はコンピュータとケーブルで接続されて測定していたため被験者(脳波を測定される人)の拘束性が強かったのですが、この装置はコンピュータとBluetoothで接続されるため、より実用的で実生活の場面での脳波を測れるようになりました。
例えばアスリートが身体を動かしながら測定する、などですね。
銀皿電極と呼ばれる電極を頭皮に付けるのですが、この機種は8か所(8チャンネル)測定可能です。

4)インタークロス株式会社製。複数の電気生理※1計測項目(8チャンネル)ほか、加速度、ジャイロ、温度、気圧が同時計測可能。

脳波は測定後のデータ解析にとても手間がかかります。一般的には脳波の生データから情報を読み取ることは非常に困難なため、目が動いたり頭や手が動いたりした時に入ってくるノイズの除去等前処理が必要になります。その後にフーリエ変換などいくつかの工程を使ってデータ解析します。

【アスリート × 脳 × パフォーマンス】

質問/BASラボは国内でこれまで皆無だったプロアスリートを対象とした研究も行っていますが⁵、アスリート研究に対してはどのような視点でご覧になっていますか。

5)参照記事 西武ライオンズ共同研究  現役Jリーガーパイロット研究

夏目/アスリートの持つべきスキルはこれまで重視されてきたとおりフィジカル的な要素が基本です。
リアルスポーツでは身体をどう動かすか、eスポーツでも的確に迅速に身体をどう操作するかなどは基本になると思います。


パフォーマンス向上には認知力も欠かせない

但しパフォーマンス向上には、そのようなフィジカルスキルに加え、戦略(ストラテジー)気づき・どう戦うかという思考判断のスキルが問われてきます。
例えば、サッカー選手は敵がどこにいるか、気づきやすい選手の方が高いパフォーマンス発揮できるでしょう。

この気づきやすさなどは「認知力」ですが、これも脳の活動になので
トレーニングによって変化させることできるのではないか、と考えています。

最終的には認知力向上を通じてアスリートのパフォーマンスの向上につながるのではないかと考えています。

これまでの研究で少しずつエビデンスが得られてきており、これをさらにクリアにしていこうと現在、研究を
進めています。

トップアスリートの脳に関する知見として、
カロリンスカ研究所(スウェーデン)が調査したイニエスタシャビの実行機能の例⁶、
情報通信研究機構(NICT)がMRIを用いたネイマールの脳の解析⁷などがあります。
シャビの状況判断能力の超人的な高さなどが話題になりました。

6)2014年放送NHKスペシャル【ミラクルボディー スペイン代表 世界最強の”天才脳”】
7)超一流サッカー選手の脳活動の特殊性 内藤栄一 計測と制御第56巻第8号2017年8月号P588

これらは「トップアスリートの脳がどうなっているか」を調べた事例ですが、
「どうやったら彼らの脳に近づけるか」という研究は非常に少ないのです。

このあたりがBASラボらしさであり、研究を現場に応用しようとする脳情報工学の視点ですね。