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アスリート,デジタル,ICT,パフォーマンス…脳情報工学者に聞くトレンド②
ブレインテック、脳科学…ビジネスワードにトレンドされる状況を反映して
BASラボには「脳」をテーマにした受託研究のご相談もあります。
前回好評いただいたBASラボ脳研究を主導する夏目季代久教授(九州工業大学大学院生命体工学研究科)にわかりやすく脳研究についてインタビューした②をお届けします。
質問/今回は人間の脳とデジタルやAI人工知能との関わりをテーマにお話をうかがいたいと思います。
夏目/そうですね、「脳情報工学」は提唱された当初から、生物の脳における情報処理に学んで新しい脳型コンピュータの設計基盤技術を確立しようという目的をも含めた新しい研究領域です。
わかりやすく言い換えると、私たち人間の気持ちや個性を理解して、痒いところに手が届くようなコンピュータやロボットが出来たら素晴らしいよね、という考え方が含まれています。
【ChatGPT】
質問/ChatGPTについてどう思われますか?
夏目/2023年の前半は特によくそのご質問を受けました。
2022年末に公開されたのでずいぶんと話題になりました。
その後、画像生成AIや音声生成AIが次々登場しましたので若干古い質問になりましたが。
公開されてすぐ私も使っていました。
自分(注:夏目教授ご自身)についてエゴサーチの形で質問してみると、当初は全くいい加減な誤った回答でしたが翌月にはほぼ正しい回答に修正されていました。
ChatGPT自身がネット上の情報を元に学習していますので、その学習度合いによって全くいい加減だったりほぼ正しかったりするわけです。
どの段階で正しい情報(回答)として良いものかどうかは最終的には人が判断しなければならないと思います。これは一般的に人工知能(AI)全体に言えることですよね。
いま人事の分野にもAIが入ったりしていますが、これも人が最終的にその正しさを判断する必要があると思います。
人の判断も学習度合い(知っている事、知らない事)によって左右されます。
人=脳ですけれども、AIの結果だけで人による判断を全くしないとなると思考停止になってしまいます。
【人=脳の学習度合いが問われる】
脳は使ってナンボのところがあって、使用しないと神経細胞は減っていってしまう。もちろん加齢により減少したりもするのですが、使わないまま過ごしてしまうとどんどん減少してしまいます。
ChatGPTなどAIは参考にするものであって、全て丸投げする形で依存してしまうと脳を使わない、脳は学習しない事になってしまいます。
ちなみに、ChatGPTも学習を繰り返して回答が進化しているので、AIが自律的に進化しているような恐怖感を
感じる人もいらっしゃるようですが、ネット情報から学習するようプログラムを書いているのは人です。
「機械学習」と呼ばれるプログラムを用いており、ChatGPT自身が意思を持っているわけではありません(笑)
質問/脳が学習しているか、という研究もありますね。
夏目/脳が学習した場合、注意力や記憶力のスコアが上がる・勉強や競技の成績が上がるという「結果」が大事ですが、その前段階としての脳の変化をどう検出するかということが重要になってくると考えています。
例えば、脳波において前頭部のθ波が良く出ていれば、その後良い結果(成績)として出てくる可能性がある、と私たちは考えていて、ニューロトラッカーXを用いた研究を進めています。
【脳波のキーワード】
質問/脳波ではα波など一般にとても聞きなれた名前もあります。
理解を進めるためにいくつかキーワードで教えてください。
夏目/脳波をキーワードで説明しますと、記憶力に関係しているのがθ(シータ)波。
くわえて、よく知られている脳のワーキングメモリには2つの要素「記憶力」と「注意力」(気づき)があります。
この注意力に関係しているのがα(アルファ)波であることが先行研究で明らかになっています。
θ波とα波、この2つの脳波が出やすい脳だとポテンシャルが高い脳として、良い結果(成績)が出やすいのではないかと私たちは考えています。
質問/α波=リラックスだと思っていました。
夏目/一般的にリラックスするとα波が出るといわれていますが、目を閉じるとα波が出ます。
α波にはいろいろな機能があって、その一つがさきほどの注意力。
リラックスしたときのα波との違いについては、今後の研究が待たれます。
居眠りするとθ波が出てきますので、記憶力に関わっているθ波とどう違うのか、今後の研究によって明らかにしていこうと考えています。
脳は大きいので、前の方や後ろの方で全然機能が違います。
どこで発生した脳波なのかが重要なのかも知れません。
一般的なイメージとちょっと違うようですし、そう単純でもないので、注意が必要ですね。
【どう感じるか?好き嫌いをキャッチする】
質問/夏目先生がいま、脳研究で注目していることはなんですか?
夏目/そうですね、脳の情報処理的な側面は世界中の脳研究で徐々にわかってきました。
モノがどう見えて音がどう聞こえて脳で処理されているのか、など共通部分をある程度みてきたわけです。
それとは別で、例えば絵画や器などの「美」を観てどう感じるか。楽しいと感じるか。
そうした個人個性で違う、主観的な側面に着目した研究が出てきて、とても注目しているところです。
私たちも実際、ある音楽を聴いて好きか嫌いか、そのときの脳波変化について研究しています。
また陶器を見て「これ良いな」と心が動くのかどうか、今後、脳波で明らかにしていきたいと思っています。
同じ音楽を聴いても個人個人で感じ方が違いますよね。
やる気がある人とない人の脳がどう違うのか、同じ陶器を見ても感じ方が違うのはどこに原因があるのか。
「心」「情動」とでもいいますか、そこを脳波として検知したいと考えています。
(関連研究例)アンガーマネジメントを主体とするコミュニケーション教育の構築と脳科学的効果検証
【デジタル生活と人の変化】
写真)2023.9 The Conference of Digital Life vol.1会場にて
質問/すでに私たちはデジタル化された生活になっています。ここも先生が注目するところでしょうか。
夏目/2023年現在、すでに私たちのほとんどはデジタルに囲まれた生活を送っています。
脳の解明に取り組むなかで、このデジタル生活と脳との関わりを調べることもたいへん重要ととらえています。
デジタルテクノロジーそのものでなく、それがどういう形で影響を及ぼすか。生体である人はそれをどう利用するか。
デジタルツールが当たり前になっているライフスタイルに焦点を当てた研究はいろいろな複合領域と絡んでくるので、今後の社会にとって非常に重要じゃないかなと思います。
さらにはデジタルツールによって人の考え方が変わってくると思います。
たとえばいま若くてデジタルどっぷりの世代が数十年後、高齢者になったときにどうなるか。
今とは全く世界が変わっている可能性があるのではないでしょうか。
団塊の世代に対して認知機能維持を目的としたデジタル機器活用は、非常にポジティブに効くのではないかと私は考えています。
しかし若い世代にとってはデジタルなんてもう生まれた頃から通常のツールになっていますね。
そういう世代が高齢化したとき、デジタルツールを使うこと自体は彼らにとって何もプラスにはならないかも知れない。
プラスアルファ何か、テクノロジーもしくは何らかの道具が必要になってくるかもしれない。
そういう形で、時代とともにテクノロジーが変われば人も変わるし、人が変わればテクノロジーも変わる。
そういうスパイラル構造の中でいろいろな知見を長い期間積み上げていくことがとても重要だと考えています。