メンバー紹介
磯貝浩久教授 九州産業大学
一般社団法人行動評価システム研究所(BASラボ)代表理事の磯貝浩久です。
スポーツ心理学を専門として、九州工業大学・九州産業大学で研究してきました。
スポーツ心理学とは
スポーツ心理学とは、スポーツに関わる課題を心理学的側面から明らかにして、スポーツの実践や指導に科学的知識を提供する学問です。スポーツ科学および応用心理学のひとつの分野と位置付けられます。欧米では20世紀初頭からスポーツに関する心理学的研究が行われていましたが、わが国でも65年以上の歴史があります。
その間、学校体育からプロスポーツなどハイレベル競技・健康のための運動などスポーツの存在自体が拡大しており、その研究課題もたいへん広い学問でもあります。
ここでは広くスポーツ心理学を知っていただくために、具体的な事例をお示ししたいと思います。
人は自分をどう位置付けるか-モチベーション研究-
スポーツ選手のモチベーション(動機付け)研究もテーマの一つです。その広さ深さはたいへん面白いもので、国際比較研究は印象深い経験でした。たとえばスポーツ選手が成功失敗の原因をどこに求めるか(原因帰属理論)について日米比較したことがあります。競技後のヒーローインタビューで、日本の選手は成功したときは「監督のおかげ、チームに支えられて」など自分以外に対してコメントし、失敗したときは「自分の責任、自分の鍛錬が足りなかった」と自分にその原因を求めるコメントをする傾向が高い。それに対しアメリカの選手は、失敗した際は「相手が強かった、素晴らしかった」と自分以外へのコメントをし、成功した際は「自分が勝ち取った」と自分に原因を求める傾向が高い事が分かりました。
文化的自己観とよび、自己についての前提をどこに求めるかということなのですが、日本をはじめアジア圏では他者と互いに結びついた人間関係の一部として自己を捉える傾向があるわけです。(=相互協調的自己観)欧米は相互独立的自己観=自己を他者から切り離した独自なものとして捉えている傾向がみられました。
この違いはどちらが優れているというわけでも全員がそうというわけでもなく、歴史や文化で培われた違いと考えるべきでしょう。
私が研究の際に注意深くチェックしているのは、欧米で用いられている心理研究手法が、欧米とは違う日本人のこの心性にそのまま用いられる事が適切か、という点です。
より高いパフォーマンスを得るには-知覚認知-
もうひとつ具体例を挙げると、知覚認知に関する研究です。
人は外からの情報を感じ取り(=入力)理解して(=情報処理)行動する(=出力)ことを繰り返しています。眼で見ることを前提として考えてみましょう。視覚=飛んでくるボールを見る、認知=その速度や周囲の状況を脳で情報処理して理解する、出力=状況に適した位置に移動しボールを蹴る、というわけです。
スポーツはまさに状況が目まぐるしく変化するなか、これを繰り返しているんですね。私の好きなサッカーでは永らく出力系が重視されてきました。つまり素早く反応する、強く蹴る、より速く走り込む、といった行動ですね。
しかし近年ヨーロッパサッカー界では入力・情報処理である「認知」がとても重要視されています。より高度で適切な認知(入力・情報処理)があってこそ、より高いパフォーマンスのプレー(出力)が可能なのですから、科学的な視点で選手のパフォーマンスを上げようとすればたどり着くべき指導だと思います。
日本においてもスポーツ指導者の皆さんはこの認知が重要という事は肌で感じ取って来られましたが、残念ながら具体的な測定方法やトレーニングがほとんど無かったと思います。
BASラボが手掛けるスポーツビジョン測定、ニューロトラッカーによる認知機能強化は、その有効なツールの一つです。
握力・100m走タイムといった身体能力(出力系)を測定しトレーニングする事と同様、こうした認知能力についても客観的な数値で測定し、あるいはトレーニングするという事が普及していくべきと考えています。
高齢者・自動車運転?!-社会全体に貢献できるもの-
スポーツ心理学は文字どおりスポーツにおける課題を心理学的側面から研究するわけですが、この研究手法や成果は社会のあらゆる分野に貢献できると考えています。
そもそもスポーツ心理学では、メンタルを「心のスキル」として捉えます。ボールを蹴る・投げる・上手に捕球するなどと同様の「スキル=技能。教養や訓練によって獲得された能力」なんですね。つまり訓練することも向上させることも可能なわけです。
具体例で挙げたモチベーション(動機付け)は目標の立て方や日々の習慣などによって向上させることが出来ます。このモチベーションはスポーツに限ったものではなくて、実に広い分野で重要ですね。受験生、企業や団体など目標に向かって進む個人や集団にとっては同じように必須のものです。このツールとしてBASラボで開発した「メントレアプリ」は、実際にスポーツチームだけでなく学習塾や企業でも広く活用検討されています。
知覚認知(cognitive)についても同様です。スポーツに限らずそもそも人が生活するうえで知覚認知機能は欠かせないものです。この機能が低下し日常生活に支障が出るものが「認知症」です。人生100年時代を迎え高齢になっても認知機能を維持向上させながら末永く仕事が出来るようになったら?日常生活に支障が出ないようトレーニングする事が出来たら?特に世界一の超高齢化社会を迎えたわが国では必須の課題と考えています。
BASラボで手掛けるニューロトラッカーは、既に海外では高齢者の自動車運転に際した認知機能の測定・訓練に用いられた研究がおこなわれています。
仕事の喜び-人の成長、人々への貢献-
九州工業大学・九州産業大学で多くの学生と学び指導する機会をいただいてきました。これまで12人の博士号を輩出し、そのほぼ全員が大学の教員となっており教育・研究に取り組んでいます。
この学生達の博士号取得は、私の仕事における大きな喜びです。博士号という最高学歴を認定できること、そしてその人が大学でさらなる成長と活躍をみられる事が喜び(仕事の原動力)となっています。
BASラボは、研究が研究だけで終わらない-研究で得られた成果を現場に還元する活動がしたいという強い動機から設立されました。この「現場」とは、スポーツアスリートだけではなく、企業・高齢者・教育施設など人々が活動するあらゆるところを指しており、研究成果をフィードバックし貢献したいという願いを込めています。
受託研究事業でお会いする企業には、自社の製品やサービスを第三者として評価検証して欲しいというアカデミック・マーケティングを志向するご相談を多くいただいています。その製品を通じて社会のあらゆる人々に貢献出来るのであれば研究者の一人として冥利に尽きますね。
BASラボの事業を通じて、社会の人々が何か成長する・喜んでくれる・向上してくれる事を喜びにしてまいりたいと考えています。
スポーツ心理学の展望
スポーツ科学全般にいえることですが、ITや工学的テクノロジーの取り込みが極めて重要とみています。スポーツ心理学は世界中で多くの研究者が取り組んでおり、人間活動の多様化により研究アイディアは無限大に存在しています。
しかし、研究のレベルアップにはやはりテクノロジーの積極的な採用・活用が欠かせません。たとえば心拍数を研究室で測っていたものが現在では優秀なポータブルデバイスの登場により24時間モニタリングする事が可能になっていますよね。スポーツ心理学で用いられる心理尺度(何をどれくらい思ったか?など)の回答も、従来のような紙ベースよりアプリによって回答を得た方が頻繁に・多くの人々に・手軽に測定できるわけです。
BASラボで共同開発したメントレアプリは、自己組織化マップ・VASスケールなど研究者側の理論を後悔ないレベルまで実装しつつ、スマホアプリというテクノロジーを取り込んだものになりました。このような発展が展望としてますます見込まれると考えています。
ただしテクノロジーの取り込みの前提として、それによって何を解明したいか・何を分かろうとするか課題意識がとても大切です。どんなに便利なデバイスやテクノロジーが登場しても、背景となる理論や課題設定がしっかりしていないとただ振り回されるだけですよね。このあたり、過去の研究や学術理論を大切にミックスさせていくべきと考えています。