メンバー紹介
田向権教授 九州工業大学
一般社団法人行動評価システム研究所(BASラボ)理事の田向権です。
人工知能・脳型計算機システム・生活支援ロボットなどを専門として、九州工業大学大学院生命体工学研究科で研究しています。BASラボでは人工知能案件全般と、データ解析を担当しています。
脳型計算機システム
人工知能(artificial intelligence: AI)を動かす脳型計算機の開発に取り組んでいます。
今のコンピュータやロボットはソフトウェアをインストールして動かしますが自分では考えられません。あらかじめプログラムされ決められた動作しか出来ないわけです。これに対して自分で考え行動できるような計算機を作っていこうという研究をしています。
人工知能はいま世界的にたいへんな過当競争時代にあります。ターゲットとしているのはクラウド型でなく自動車やロボットなど形あるモノに組み込んでいくタイプの脳型計算機です。これが実現されると、ロボットが人間の生活空間で共生できることになりますし、完全自動運転の実用化も可能となります。実は、人間の脳は驚くほど効率的な情報処理を行っている存在です。モノに組み込めるような小型で消費電力の小さい人工知能を実現しようとすれば、脳型計算機の実用化は不可欠。世界各国が研究に多額の資金を投入しています。
後述しますが人工知能は日々進歩している一方で、人間と違い五感(※視・聴・臭・味・触覚)が弱く乗り越えるべき課題がたくさんあります。
生活支援ロボット
私の研究で最もお伝えしやすいのは生活支援ロボットかも知れません。介護・福祉、清掃、警備、見守り…人間の生活空間で活躍するロボット開発はこれから膨大に伸びる産業です。
「人間と共存可能な家庭用サービスロボットの実現」を目標にロボット開発に取り組む学生プロジェクトチーム「Hibikino-Musashi@Home」を運営し、オリジナルロボット「Exi@」とトヨタ自動車のホームサービスロボットHSRの開発を行っています。
RoboCup@Home(ロボカップ)、World Robot Challenge(WRC、ワールドロボットサミット競技会)といった国際競技会に出場、ロボカップは2017年初出場初優勝するなどいずれも世界大会で大きな成果を挙げています。
出場しているのは家庭やオフィスといった人間の生活空間で人間と協力して働くサービスロボットの性能を評価するリーグ。WRCは全チームが同一のハードウェア=トヨタ製ロボット(TOYOTA HSR)で出場するルールのもと、実際の生活空間を模した環境で「散らかっているモノを分別して片付ける」などの性能を競います。
勝敗は各チームが搭載する人工知能の能力の優劣にかかっているといえます。周辺の環境を認識し自ら行動を計画し実行する人工知能。複数のセンサーから得られた情報をもとに、ニューラルネットワークを用いてモノの形や種類を正確に判断し行動する能力が求められます。
この家庭用サービスロボットは極めて実用性の高い開発・競技が行われており、経済産業省や各企業からの期待値がたいへん高いものとなっています。世界各国から出場チームがあり韓国、オランダ、ドイツなども強豪です。
人工知能-ディープラーニングの進歩
人工知能は世界的なブームであり、ほぼ毎日ニュースで目にするほどですね。最も注目される研究分野のひとつと思います。一般の方々に認知が広がっている反面、内容については理解しにくかったり誤解も多いと聞きます。そこでここでは研究の具体例を挙げながらお話ししたいと思います。
人工知能はディープラーニング(深層学習)研究が進んでいます。画像認識や音声認識を得意としていますね。人間は眼で取り込んだ情報を脳で処理して、はじめて「見る・認識する」事が可能になります。眼球そのものが見ているとは言えません。スマートフォンにおきかえると猫を撮影したとしてもまだ「これは猫だ」とスマホが認識するには至っていないわけで、この認識の部分をディープラーニングによって人工知能が担っていくわけです。
スマホで撮った人の顔に猫耳をつけたり表情を変えたりするアプリが登場していますが、あれを担っているのが人工知能の画像認識です。医療分野などでAIによる画像解析/診断アシストが実用化されつつありますね。
このようにAIが得意とする分野での実用化はどんどん進んでいます。
人工知能の“苦手”
一般の皆さんのなかには人工知能が万能であるような誤解もあるかもしれません。AIが出来ていないところ、苦手な分野も多々あります。まず、わからないものを“わからない”と答える事が苦手です。意外に思われるかもしれませんが、どうにか過去のデータを参照して無理にでも「近いような答え」を出そうとしてしまうのです。
生活支援ロボットなどボディを持っているものもまだまだ苦手といえます。究極的に難しいところはスポーツ選手、プロアスリートですね。サッカー選手がロボットに置き換わるのはかなり先になるのではないでしょうか。
原因は環境とのインタラクション(相互作用)。スポーツ選手は複雑で目まぐるしく変わる環境を常に判断しながら動いています。ピッチの大きさ距離感、ボールと敵味方選手の位置や動き、戦況、天候や風向き、仲間とのアイコンタクト…挙げればキリがないほど大量それも秒単位で変化する情報を処理しながら動くのです。
工場で作業用ロボットが稼働していますが、置かれた部品が数ミリずれていれば上手に持てなかったり作業できません。人間の工員ならちょっと違う場所に部品が置かれても簡単に対応可能ですよね。そのあたりのイレギュラーな事にまだ対応できないのです。
人工知能が根源的に抱える問題としてよく挙げられる一つに「フレーム問題」があります。有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示しています。小さな枠(フレーム)を設定したそのなかでなら上手く働くが、現実世界の幅広い状況(大きいフレーム)のなかでは何が重要で何が重要でないか判断できず計算にたいへんな時間がかかってしまうという事を意味します。
これは洞窟の爆弾という有名な例で説明されています。
思考実験
ロボット1号が命令どおり洞窟の中にあるバッテリーを取り出しに入った。バッテリーの上には時限爆弾が仕掛けられているがバッテリーを取り出すと爆弾まで運んでしまう事に気が付かず(命令を受けていない)爆発してしまった。目的のために副次的に発生する事項を考慮できなかったんですね。
ロボット2号は時限爆弾を爆発させないよう、副次的に発生する事項を考えるように命令されて洞窟に入りました。ところが「バッテリーを動かしたら爆発しないか」「バッテリーを動かす前に爆弾を動かすべきか」「爆弾に近づくと壁の色が変わらないか」など副次的に発生する事項を無限に思考し続けてしまい結局爆発してしまいました。
ロボット3号は洞窟に入る前にこの2号が陥った思考を延々と行い、結局爆発によりバッテリーは失われました。
あらゆる可能性が発生しうる現実世界において、情報の取捨択一が苦手、というところでしょうか。人間はそれまでの経験や知識で、「これは重要」「これは認識しない」と上手に取捨択一しながら生きています。もちろんそれが原因で過ちや誤りも多々あるわけですが。他にも「中国語の部屋」「記号接地問題」など人工知能の抱える解決困難な課題が挙げられています。
人工知能の展望
お話ししたようにいまだ万能ではありませんが、AIの活躍の場が増大していく事は間違いありません。
AIが最も得意とするところは画像認識のほか、過去のデータを仕分けたり検出したりする単純作業においては大きな威力を発揮し、人間がおこなっていた仕事を徐々に出来るようになっていくでしょう。
最初は単純作業から始まり、環境の少しの違いに対応できるようになっていくはずです。
身の回りの単純なことをロボットがしてくれる、生活支援ロボットがオフィスや病院にいて清掃・監視・食事配膳をしている…というのもごく近い将来像です。
また産業界ではモバイルマニピュレーター(※無人搬送車に協働ロボットを搭載)が本格普及するでしょう。そして実は弁護士・税理士などの仕事からAIが担当できるようになるとみています。これからはこうしたAIを使いこなせる人が稼げる、というイメージですね。
最後まで残るのはプロスポーツ選手のような自分の身体を高度に駆使する職業ではないかなと考えています。
BASラボへの参画
磯貝浩久教授との共同研究がきっかけでBASラボに参画しています。
スポーツ心理学の専門家である磯貝教授から、スポーツ選手の“好奇心”について教えていただく機会がありました。選手の上達においてこの好奇心というのはとても大切なことで、どれくらいの難しい練習をさせたら好奇心が最大化するか?面白いと思う練習、好奇心をかき立てる練習の模索がスポーツ指導で重要なのだそうです。
これ実は人工知能も同じなのではないか?もしロボットに好奇心を持たせたら、効率が良いのではないか?と着想し好奇心プロジェクトとして共同研究しました。結果これが上手くいきまして、人工知能・ロボット研究とスポーツ心理学という異分野融合が成果を挙げる好例となって、大いに驚き素晴らしい経験となりました。
そもそも九州工業大学大学院生命工学研究科は「生命とロボットが織りなす脳情報工学の世界」として2001年にオープンし、「神経生理」、「心理・情動」、「理論・モデル」、「デバイス」、「ロボティクス」と分野横断的な研究者が新しい情報処理技術を研究する独創的な研究拠点となっています。この環境ならではの出会いに感謝しまたきっかけとして参画しています。
BASラボでは人工知能案件全般をお引き受けするとともに、データ解析を担当しています。生身の人間から収集したデータを人工知能で解析するなど幅広い可能性があると考えています。
BASラボの発足はスポーツアスリートへの貢献という志からスタートしました。人工知能が最も難敵とするのはスポーツアスリートとお話しししましたが、だからこそAI研究者として参画する面白さがBASラボの魅力の一つですね。